ネットで何となく話題になったニュースや
ネタを見ていると、ふと東日本大震災関連のURLが。
そういえば連日のどうしようもない放送に
絶望し、色々ノイローゼ気味になり情報を
意図的にシャットダウンしていたなーと
当時を思い出し、今なら大丈夫だろうと思って
のぞいてみました。
心温まる画像もあれば悲しい画像もあったのですが
その中で一番強烈で印象に残ったのが
南三陸町の防災対策庁舎の画像でした。
南三陸町の防災のために
作られたビルの屋上に
避難していた人達。
どんどん津波がせまってくる時を、
命が流されていく時を、沈む時を、
刻一刻を刻むように撮られていた写真
(あるいはキャプチャ)。
それを撮っていた人の
助けられない無力感と
見ることしかできない絶望と
大自然への畏怖と
繰り返さないために伝える使命感が
画像を通して伝わってきました。
ふと私が思い出したのはかつて英語の教科書で見た
ピュリッツァー賞をとった『ハゲワシと少女』の写真でした。
その写真家は写真を撮った後にハゲワシを追い払ったそうで。
写真を撮られた少女はというと、そのあと立ち上がり、
国連の食糧配給センタ-の方へ
よろよろと歩きだしたそうです。
この時写真を撮るよりも先に彼女を救うべきだったと
大衆に批難された彼は自殺したらしいですね。
でも写真を撮らなかったら、伝えなかったら…という事を
話したいのではないのです。
写真を撮り発表する形でしか、悲惨さを伝えることが
出来なかった彼らの絶望に私は悼みを捧げたいと思ったのです。
海から離れていた場所で誰が5階建て屋上まで行かないと
誰が予想できたでしょうか。
大津波警報ですら3m以上としか
伝えられないものだったというのに。
口では伝わらない、
実感が湧かない事実が
沢山あるんだと。
ただそれだけを強く実感し
虚しく想ったのです。
